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Australia: オーストラリアの語源とその意味

オーストラリア 語源と意味」は、オーストラリアの国名の由来、その意味、オーストラリア大陸名の歴史について紹介します。

オーストラリアの国名が由来するラテン語のTerra Australis (叉は、 Terra Australis Incognita)は、「南の土地」(叉は、「南の未知の土地」)を意味する。アリストテレス( Aristotle)が南半球にも北半球と同じような大きな大陸が存在するという概念を述べており、1世紀には、古代ギリシャの地理学者のプトレマイオス(通称、トレミー(Ptolemy)として知られる)は、その著書の「地理学」に球体である地球を展開して地図を描く方法を述べていて、ヨーロッパ、アジアからアフリカにまでいたる世界地図が添えられており、インド洋の南に陸があり、大陸と陸続きであるという概念に拡大した。この「地理学」は、古代地理学の集大成であり、ルネサンス時代のヨーロッパで復活し、大航海時代の到来に大きな影響を与えた。

ルネサンス時代の地理学者は、古代ギリシャ地理学者のプトレマイオスの著書「地理学」を情報源として当時の地図に南半球の未確認の大陸を描き始めた。当時の科学者は、北半球の大陸の重さと同じ重さの大陸が南半球の南極周辺にあると議論しているがその地域は現在の太平洋にも及んでいた。

オランダ人航海士・植民地総督のウイリアム・ヨンスゾーン(William Janszoon)は、1605年にニューギニアからジュイフケン号(the Duyfken、小鳩)で出航し、アラフラ海の東側を南に縦断した後にカーペンタリア湾に入り、1606年にケープヨーク(Cape York)のペネファーザー川(Pennefather River)付近に上陸した。現在のオーストラリア大陸の北部海岸に上陸した最初のヨーロッパ人としての記録が残っている。ヨンスゾーンは、トレス海峡の存在を知らず、ニューギニアから陸が続いていると考えた。新しく発見した大陸をニュー・ジーランド(Nieu Zelandt)と命名したが受け入れられなかった。後に、現在のニュー・ジーランド(New Zealand)の国名として採用された。

バタビア(現在のインドネシアのジャカルタ)を拠点とするオランダ東インド会社(Vereenigde Oostindische Compagnie、略称は、VOC、英語名では、Dutch East India Company)は、1638年に新しく発見した南の大陸をAustralische (英訳すると「Australian」であり、その意味は「Southern、南の」)と呼んでいる。

オランダ人探検家アベル・タスマン(Abel Tasman)が1644年に現在のオーストラリア大陸の北部沿岸を航海しながら測量を行なって地図を描き、ノバ・ホランディア(Nova Hollandia)と命名した。英訳するとニュー・ホーランド (New Holland、新オランダ)である。イギリスがオーストラリアに変更するまで約170年間に亘りノバ・ホランディアが大陸名とした使用された。

最初に英語のオーストラリア(Australia)という名前を使用した探検家は、 Alexander Dalrymple(アレキサンダー・ダリリンプル)であり、1771年に出版した著書の「南太平洋の航海と発見の歴史集」(An Historical Collection of Voyages and Discoveries in the South Pacific Ocean)の中で、特にオーストラリア大陸を対象としたものでなく、南太平洋全地域という意味で使用している。

1793年にジョージ・ショーとジェームス・スミス卿(George Shaw and Sir James Smith)は、共書の「ニュー・ホーランドの動植物」の中で「オーストラリア、オーストラレーシア、或いはニュー・ホーランドの広大な島、或いは寧ろ大陸」(the vast island, or rather continent, of Australia, Australasia or New Holland)と記述している。オーストラレーシア(Australasia)は、オーストラリア、ニュー・ジーランド及び近海諸島を意味する。

1814年に探検家・航海士のマシュー・フリンダース(Matthew Flinders)は、著書の「テラ・オーストラリスへの航海」(A Voyage to Terra Australis)の中で「オーストラリア」(Australia)の名前を使い、これが一般的に普及する契機になった。「オーストラリア」という名前を使用したこの著書は、多くの人に読まれ、そして「オーストラリア」という名前が受け入れられる潮流になった。マシュー・フリンダースは、1798年に現在のタスマニア島を一周し、島であることを確認し、1803年に現在のオーストラリア大陸を最初に一周し、島(大陸)であること発見した。

ニューサウスウェールズ流刑植民地の総督のラキラン・マッコーリー(Lachlan Macquarie)は、本国に発送する公文書の中で「オーストラリア」の名前を使用し、1817年に大陸名として正式に採用することを上申した。

1824年に大英帝国海軍本部(the British Admiralty)は、大陸をオーストラリア(Australia)と命名することを公認し、現在に至っている。

オーストラリアの歴史については、「オーストラリア 歴史」をご覧下さい。

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Australia: オーストラリアの基本情報

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Australia: オーストラリア大陸の誕生

ゴンドワナ大陸(Gondwana)は、先カンブリア時代の終わり頃の約6億年に南半球に誕生し、現在のアフリカ大陸、南アメリカ大陸、インド亜大陸、南極大陸、オーストラリア大陸(オーストラリア・ニューギニア大陸やサフル大陸とも呼ばれる。)や、アラビア半島、マダガスカル島を含む超大陸であったと推定されている。約1億6000万前頃のジュラ紀に現在のアフリカ大陸、南アメリカ大陸などを含む西ゴンドワナ大陸と、南極大陸、インド亜大陸、オーストラリア大陸を含む東ゴンドワナ大陸へと分裂したとされる。約1億4000万年前から6500万年前の白亜紀に東ゴンドワナ大陸は、インド亜大陸及びマダガスカル島と、南極大陸及びオーストラリア大陸の2つに分裂したとされる。約6500万年前の新世代に南極大陸からオーストラリア大陸が分裂し、オーストラリア大陸が北上を始め、約5500万年前にオーストラリア大陸とニューギニアが分裂したとされる。約7万年前に始まり1万年前に終了した地球上の1番最近の氷河期には、海面が低下し、オーストラリア大陸とニューギニア周辺の大陸棚が一体化して誕生したサフル(Sahul)大陸と呼ばれる陸続きの亜大陸になった時期がある。海水面の位置が現在の位置に安定したのは約6千年前と推定されている。

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Australia: オーストラリア大陸のトリビア

オーストラリア大陸の最東端は、ニューサウスウェールズ州(NSW)のバイロン ベイ(Byron Bay)、最西端は、西オーストラリア州(WA)のスティープ ポイント(Steep Point)、最南端は、南オーストラリア州(SA)のウイルソン プロモントリー(Wilsons Promontory)、最北端は、クイーンズランド州(QLD)のケープ ヨーク(Cape York)、中心は、ノーザンテリトリー(北部準州、NT)のラムバート センター(Lambert's Centre)、最高峰は、ニューサウスウェールズ州(NSW)のマウント コジウスコ(Mt Kosciuszko、 2,228 m)、最低地は、南オーストラリア州(SA)のレーク エア ノース(Lake Eyre North、海抜 -15.2 m)である。

オーストラリアの最高気温は、クイーンズランド州(QLD)北部のクロンカリー(Cloncurry)で1889年に記録された53度、オーストラリアの最低気温は、1994年にニューサウスウェールズ州(NSW)南部のマウント コジウスコに近いシャーロット パス(Charlotte Pass)で記録された零下23度である。オーストラリアの最長の川は、ニューサウスウェールズ州(NSW)から南オーストラリア州(SA)に流れるマレー川(Murray River)で全長が2,520 kmである。オーストラリア最大の湖は、南オーストラリア州(SA)のレーク エア(Lake Eyre、9,500 km2、塩湖)であり、オーストラリア最大の人工湖は、西オーストラリア州(WA)のレーク アーガイル(Lake Argyle、700 km2) である。

オーストラリア大陸の18 %は、砂漠であり、10砂漠の中で西オーストラリア州(WA)と南オーストラリア州(SA)を覆うグレートビクトリア(Great Victoria、348 750 km2、4.5 %)が最大ある。オーストラリア大陸には、8,222の島が点在し、ノーザンテリトリー(北部準州、NT)のメルビル島(Melville Island、5,786 km2)が最大であり、第5番目に大きいクイーンズランド州(QLD)のフレーザー島(Fraser Island、1,653 km2)は、世界最大の「砂の島」である。オーストラリア最大の滝は、クイーンズランド州(QLD)のウォーラマン滝(Wallaman Falls、305 m)である。

オーストラリアに長期滞在し、真っ黒に日焼けした日本人を「ジャポリジニ」と呼ぶ。「へぇ」。その理由は、日本人はジャパニーズ。オーストラリアの先住民はアボリジニ。この二つを合成すると「ジャポリジニ」「へぇ、へぇ、へぇ」。

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Australia: オーストラリアの観光地について

観光地として世界的に人気の高いオーストラリア東海岸のケアンズ、グレートバリアリーフ、サンシャインコースト、ゴールドコーストとオーストラリア中央のエアーズロック(ウルル)地域について紹介します。

オーストラリアの国立公園

ウルル・カタジュタ(エアーズロック・オルガ岩郡)国立公園

ウルル「エアーズロック」(Uluru 「Ayers Rock」)は、オーストラリア大陸のほぼ真中に当たるノーザンテリトリ(北部準州)南西部にあり、ダーウィンの南約1,900km、アリススプリングズの南西約340 kmに位置する世界最大級の単一の岩石(モノリス)である。地殻変動と浸食によって先カンブリ時代の6~7億年前に形成されたもと考えられ、「地球のヘソ」とも呼ばれオーストラリアのシンボル、海抜867 mで地表から348 m、その周囲はおよそ9.4 kmである。ウルルとはアボリジニの言葉で「偉大な石」を意味し、ふもとには多くの洞窟があり、内部にはアボリジニの描いた壁画が残るアボリジニの聖地である。杭を打って鎖を張った登山路が設置されており、山頂まで登ることもできる。登頂に要する時間は往復で約1時間半~2時間である。雨の後や風が強い日、アボリジニの儀式の時は登山禁止となる。陽の当たり方で色が変わって見え、朝陽と夕陽による鮮やかな赤色は特に美しい。

先住民アボリジニの土地所有権の法廷闘争によりエアーズロックとエアーズロック国立公園の所有権は1985年にアボリジニ(Pitjantjatjara and Yankunytjatjara部族を含む Mutijulu Aboriginal community)に返還された。1993年にエアーズロックの名称は「ウルル」となり、公園の管理に係わる決定にはアボリジニも参加するようになった。この地域の多くの部分はアボリジナルの聖地であり、現在もピチャンチャチャーラ(Pitjantjatjara)の伝説にまつわる地域は公開されておらず、観光客の立ち入りも禁止されている。旅行者用の施設は1983年から1984年にかけてエアーズ・ロックから20 km離れたリゾートのユラーラ(Yulara)に移された。

カタジュタ「オルガ岩郡」(Kata Tjuta「Mount Olga」は、単一の岩石(モノリス)のウルル(エアーズロック)の西約30 kmに位置し、大小36もの岩石(コングロマリット)が集まり、見る場所を変えるといろいろな奇景を見ることが出来る奇岩・奇景が有名である。観光スポットは「ワルパ渓谷(オルガ渓谷)」と「風の谷」。ワルパ渓谷は、海抜1,069 m (地表から546 m)とスケールも大きい。片道2 kmのウオ-キングトレイルもあり、往復約1時間である。カタジュタとはアボリジニの言葉で「多くの頭」を意味する。カタジュタは、ウルル(エアーズロック)などとともに頻繁にアボリジニの神話に登場する場所である。それによれば、この山の頂上にはワナンビと呼ばれる蛇が頂上に住んでいて、乾期にのみ下山するという。奇岩群には、宮崎駿監督作品『風の谷のナウシカ』に登場する王蟲のモデルと推測される一つがあり、それを裏付けるように、近くには「風の谷」と呼ばれる場所も存在する。

ウルル・カタジュタ(エアーズロック・オルガ岩郡)国立公園は、1987年にアボリジニの文化遺産と壮大な景観の自然遺産を併せてユネスコの世界遺産(複合遺産)に登録された。

グレートバリアリーフ (Great Barrier Reef)海洋国立公園

グレートバリアリーフ (Great Barrier Reef) は、オーストラリア大陸の北東、クイーンズランド州の中北部海岸沖合の大陸棚に発達した世界最大のサンゴ礁である。南北2,000 kmに及び大小700あまりの島々を囲むようにサンゴ礁が連なる。グレートバリアリーフの浅瀬は約35万haである。生態系も多様で約400種のサンゴ、約1,500種の魚、約4,000種の貝、約240種の鳥が生息する。多くの場所はオーストラリアの国立海洋公園に指定され、保護されている。1981年にはユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録された。日本名は大堡礁(だいほしょう)。20あまりの島がリゾートとして開発され、ケアンズ拠点としてハミルトン島、ヘイマン島、グリーン島やフィッツロイ島へ日帰りでクルージング、島の散策もできるが一泊すると美しいサンゴ礁の海を満喫できる。グレートバリアリーフでも隋一の景勝を誇るのがウイットサンデー諸島(Whitsunday Group)であり、グレートバリアリーフを代表する豪華なリゾートアイランドが開発されている。リゾートアイランドとしては,デイドリーム島、ハミルトン島、リンデンマン島、ヘイマン島、サウスモール島、ロング島などが世界的に有名である。これらのウイットサンデー諸島へのフェリーやクルーズはアーリービーチ(Airlie Beach)から約8 kmのシュートハーバー(Shute Harbour)が発着になっている。グレートバリアリーフの島々は、リゾート、クルージング、ダイビングなどで人気がある観光スポットである。ダイビングするときは毒のある蛸(タコ)がいるので注意を要する。春の満月の後にサンゴの放つ精液で白濁する海を体験するため世界中のダイバーがその一瞬を待つ。

サンゴ礁をつくるタイプのサンゴは、体内に褐虫藻と呼ばれる光合成をする藻類を共生させている。昼間は褐虫藻が光合成を行い、夜はプランクトンを捕食して生きている。光合成をするためにサンゴは浅くて温暖で透明度の高い海に生存する。これが熱帯から亜熱帯のきれいな浅い海にサンゴ礁が発達する理由である。グレートバリアリーフは、大陸棚の上に約200万年前からの石灰岩が200 m以上の厚みで堆積しているその頂部では、いまも生きているサンゴ礁が石灰岩を形成している。このようにサンゴ礁は成長を続け、様々な魚や他の海の生物の住家になっている。二酸化炭素除去の役割を果たすのは、森林だけでなく、サンゴ礁の保全と育成も二酸化炭素の固定に役立つことが判明している。しかし、地球の温暖化により、海面温度の上昇でグレートバリアリーフの「サンゴの白化現象」がここ数十年で最悪の事態になっている。「サンゴの白化現象」とは、ストレスを受けたサンゴが白色に変化、あるいは漂白状態になり、個々のサンゴを弱らせ、広範囲に広がるサンゴ礁群を死滅させてしまうことである。サンゴにとって最適な海面温度は、28度前後であり、水温が2~3度上回っただけでも、サンゴは共生藻を吐き出し、漂白死してしまう。グレートバリアにおける「サンゴの白化現象」は、クイーンズランド州の南はブンダバーグから北はクックタウンまで、1,000 kmにおよぶ範囲に広がっており、場所によっては、80 %ものサンゴが白化現象をおこしている状態にある。1998年には1度以下の海面温度の上昇が世界の16 %のサンゴ礁を死滅させた。今世紀での海面温度の上昇は2度~6度の間と見積もられていることが正しいなら、今世紀中頃までには、最良の場合でもグレートバリアリーフのサンゴ礁は現状の5 %以下しか残らないと推定されている。自然世界の七不思議のひとつともいわれ、世界遺産にも登録されているグレートバリアリーフの損傷は、単にオーストラリアだけの問題ではない。

ブルーマウンテンズ (Blue Mountains)国立公園

ブルーマウンテンズ(Blue Mountains)は、世界自然遺産に指定されたニューサウスウェールズ州の「グレーター・ブルーマウンテンズ地域」にあり、シドニーの西約100 kmに位置し、標高約1,500 mの山並みが続く。ブルーマウンテンズの展望地、エコーポイントから壮大なジャミソンバレーと奇岩スリーシスターズが眺められる。シドニーからの日帰りツアー先として人気が高く、ロープウエイ、世界一の傾斜を誇るトロッコ列車などの観光施設も整備されている。ブッシュウオ-キングも楽しめる。ブルーマウンテンズは、ビクトリア州からクイーンズランド州まで東海岸と内陸を隔てるグレート・デバイデング・レンジ「大分水嶺山脈」の一部であり、峡谷や滝など景色に富んでいる。

オーストラリアの観光地

ゴールドコースト

ゴールドコースト( Gold Coast )は、クイーンズランド州東南部、州都ブリスベンの南70kmに位置するオーストラリア最大の観光保養地として世界的に有名である。亜熱帯性気候でサーフィンの適地でもあり、国内及び海外の観光客や保養客が訪れる。「ゴールドコースト」という名前は、1959年に地域の再編で「シティ・オヴ・ゴールドコースト」ができる際に観光客を誘致するため命名されたもので、それ以前は「サウス・コースト」として知られていた。現在では人口40万、オーストラリアで7番目の都市となっている。42 kmに及ぶ素晴らしい砂浜が続くゴールドコーストの中心はサーファーズパラダイスでここを南北にマリンアクティビテイやテーマパークなどの遊べる所が延びている。サーファーズパラダイスの中心はカビルモール(歩行者天国)でブランド店も多く並び夜遅くまで賑っている。ゴールドコーストを訪れたら先ずは南太平洋の白波が打ち寄せ、踏みしめるとキュッと音がする砂浜を歩こう。ビーチに沿って高層のホテルやコンドミニアムが建ち並ぶ。「ドリームワールド」「シーワールド」と「ムービーワールド」の3大テーマパークは見逃せない。パラセイリング、ジェットスキー、スピードボートなどのマリンアクティビテイ、サーフィングやダイビングなどのマリンスポーツ、モートン島やサウス・ストラドブロ島への日帰りツアー、クルージング、熱気球フライト、ドルフィンツアーやホエールウオッチングツアー、ゴルフ、釣り、などなど。ゴールドコーストは、世界遺産のラミントン国立公園にも近く、ここでは海のマリンスポーツと山の大自然を満喫できる主要な観光地である。また、高齢者の引退村もあり、日本人の滞在者も多い。ゴールドコースト空港もある。1980年代の末には、オーストラリアで初の私立大学、ボンド大学が開学した。

ケアンズ

ケアンズ(Cairns)はオーストラリア大陸北東部、クィーンズランド州のブリスベンの北約1,720 kmに位置し、ヨーク岬半島の付け根付近のトリニティー湾から珊瑚海に面し、クィーンズランド州最北部の中心都市である。ケアンズは、日本からは一番近い北の玄関口。2,000 kmに及ぶ世界最大の珊瑚礁のグレートバリアリーフ海洋国立公園とキュランダ、ケープトリビュレーション、デイントゥリー、アサートン高原などを含む熱帯雨林のクイーンズランド湿潤熱帯地域(ウエットトロピックス)は世界自然遺産に指定されている。パームコーブやポートダグラスはケアンズの北に位置する。ケアンズ拠点としてハミルトン島、ヘイマン島、グリーン島やフィッツロイ島へ日帰りでクルージング、島の散策もできるが一泊すると美しいサンゴ礁の海を満喫できる。グリーン島は、ケアンズ港から一番近いグレートバリアリーフのリゾートアイランドである。

サンシャインコースト

サンシャインコースト(Sunshine Coast)、太陽の光が輝く海岸は、クィーンズランド州南東部、州都のブリスベンの北約110 kmに位置する。サンシャインコーストの北端のヌーサ(Noosa)からより南端のカランドラ(Caloundra)までの56 kmに及ぶ沿岸地帯である。ここにはサーフィンのメッカと知られるマルチドールと呼ばれる町がある。ヌーサの北のハービーベイからフェリーで約90分の所にある世界最大の砂の島のフレーザー島は世界遺産に登録されている。サンシャインコーストは、ゴールドコーストに次ぐ観光地として命名されたがオーストラリアの年金生活者が多く移り住むリゾート地として有名である。サンシャインコーストへはブリスベンから自動車(ブルースハイウエイ)、鉄道、バスで行ける。

オーストラリア

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オーストラリア連邦全地域 - AUSTRALIA

■ オーストラリアの州と特別地域

クイーンズランド州 - QLD
ニューサウスウェールズ州 - NSW
オーストラリア首都特別地域 - ACT
ビクトリア州 - VIC
タスマニア州 - TAS
北部準州 - ノーザンテリトリー、NT
南オーストラリア州 - SA
西オーストラリア州 - WA
その他特別地域 - Territories

オーストラリアの主要な都市と観光地

ケアンズ
グレートバリアリーフ
サンシャインコースト
ブリスベン
ゴールドコースト
シドニー
ニューカッスル
ウロンゴン
ブルーマウンテンズ
ハンターバレー
キャンベラ
メルボルン
ホバート
ダーウイン
エアーズロック(ウルル)
アデレ-ド
パース

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Australia: オーストラリアの都市について

オーストラリア連邦のブリスベン、シドニー、メルボルン、アデレード、パース、ホバート、キャンベラ、ダーウィンなど都市の概要を簡単に紹介します。

ブリスベン

ブリスベン (Brisbane) は、クイーンズランド州の州都であり、同州の南東部に位置する。人口約177万人で、シドニー、メルボルンに次ぐオーストラリア第三の都市である。ブリスベンは、近代化が進む高層ビル郡の中にもコロニアル風な街並みを残し、全体的に落ち着いた雰囲気の都市である。ジョージ・ストリートとエドワード・ストリートに囲まれたクイーン・ストリートモール(歩行者天国)は最もにぎあう地域である。ブリスベン市街の北にバレー地域があり、オーストラリアで第三番目に大きいチャイナタウンがある。ブリスベンに滞在する観光客は、オーストラリア最大のコアラ飼育頭数役130頭を誇るローパイン・コアラサンクチュアリを訪れる。ブリスベンは人気の観光地のゴールドコーストとサンシャインコーストへのゲートウイ(出入り口)である。ゴールドコーストは、ブリスベンの南東約 70 kmに位置し、南太平洋の白波が打ち寄せる海岸に沿って高層のホテルやコンドミニアムがある。世界遺産のラミントン国立公園にも近く、ここでは海のマリンスポーツと山の大自然を満喫できる主要な観光地である。「ドリームワールド」「シーワールド」と「ムービーワールド」の3大テーマパークは見逃せない。サンシャインコーストは後背地の亜熱帯地域の砂浜に面したコミュニティーである。他の衛星都市としては、内陸部に位置する庭園都市のトゥーンバ、クイーンズランド鉄道の工場でよく知られるイプスイッチがある。

シドニー

シドニー (Sydney) は、オーストラリア大陸南東部に位置し、ニューサウスウェールズ州の州都であり、人口はオーストラリアで最大の約400万人、シドニー湾に面する港湾都市である。地名は、1770年にジェームズ・クックがオーストラリア東岸を指して名づけた名称に由来する。1788年、オーストラリアで最初の流刑植民地として成立。シドニーはメルボルンとともに、オーストラリアの経済、交通、流通、文化の中心地である。国際的な観光都市でもあり、世界でもっとも美しい都市といわれる都市のひとつでもある。

シドニー湾をまたいで南北間を結ぶ大きな橋がハーバーブリッジ(Harbour Bridge)で、この南地域が、シドニー最大の観光地であり、絵葉書や観光写真集に必ず出てくるオペラハウス(Opera House)、サーキュラー・キー(Circular Quay)、ロックス(The Rocks)がある。シドニーの「ど真ん中」には、マーティンプレイス(Martin Place)、タウンホール(Town Hall)があり、マーティンプレイスは、東西にのびる石畳の歩行者天国になっており、中央郵便局(GPO)や銀行本店が立ち並ぶ商業の中心地である。サーキュラ・キーから30分程度でタロンガ動物園に行くことができる。イギリス人が開拓した街でもあり、ロックスには昔を思わせるような歴史的建物が多く残っている。シテイの中心地から東1 kmには、南半球最大の歓楽街と呼ばれるキングスクロス(Kings Cross)がある。シドニー周辺にはビーチが数多くあり、シドニー市内から車で45分以内ではボンダイビーチ、ブロンテビーチ、クージービーチ、タマラマビーチ、マルーブラビーチなどがある。シドニーには、オーストラリア全土からありとあらゆる食材が集まり、世界でも著名なシェフが料理する世界中のグルメを楽しむことができる。DCブランドは勿論、オーストラリア人がデザインするブテイックも数多い。

また、シドニーは、オーストラリア有数の観光スポットへのゲートウエイでもある。シドニー中心部から西へ100 km程の所には世界自然遺産に登録されたブルーマウンテンズ(Blue Mountains)。見所はジャミソン・バレーの谷底からそびえる3つの頂をもった奇岩(スリー・シスターズ)。シドニーからセントラルコーストをさらに北上して250 km。そこからはホリデーコーストと呼ばれ、ポートスティーブンスまでは車で約2時間半、半島一帯ではペリカンや野鳥が集まり、野生のイルカやクジラを見れる。シドニーの北西約160 kmにあるハンターバレー(Hunter Valley)は、オーストラリアを代表するワインの名産地である。点在するワイナリーは、家族経営のワイナリーを含めると70以上。ここではワインの試飲もできる。日帰り、或いは1泊2日でワイナリーツアーを満喫できる。

メルボルン

メルボルン(Melbourne)は、オーストラリア大陸の南東に位置し、大陸では最南に位置するビクトリア州の州都である。ポート・フィリップ湾の北、ヤラ川河口に位置するメルボルンは、1830年代にタスマニア入植者による捕鯨船の寄港地としてその歴史が始まり、 1850年代のゴールドラッシュを経て、商業及び工業の都市に発展した。メルボルンの人口は、356万人(2003年)で、シドニーに次ぐオーストラリア第二の都市である。1902年にオーストラリア連邦が誕生すると、メルボルンはオーストラリア首都特別地域のキャンベラができるまでの25年間、オーストラリア連邦の首都であった。メルボルンの街並みには、碁盤の目になっており、ビクトリア様式の建物が並ぶ最も英国の雰囲気が残る都市である。メルボルンは、多くのオーストラリアの大企業や多国籍企業の本社や本店がある。オーストラリアの自動車工業の中心地であるほか、機械工業、食品加工業が盛んである。メルボルン市内は、路面電車のトラムが走り、この街には世界中から移民が集まる移民都市としても知られており、人口のうち約4分の1を占めるのは世界 170ヶ国から移住して来た移民である。中華街(リトル・バーク・ストリート)、グリーク街、イタリアン街(ライゴン・ストリート)やベトナム街(リッチモンド)など様々なレストラン街があり、中華料理、ギリシャ料理、イタリア料理、ベトナム料理、英国料理、フランス料理、そしてこれらをミックスした「新オーストラリア料理」などの料理まで楽しめる「食の都」でもある。メルボルン市内の中心地を無料で運航するシテイサークル・トラムは、10分おきに運航しており、一周に要する時間は約1時間である。レトロなトラムカー・レストランも運行されている。また、メルボルンは、「ガーデン・シティ」と呼ばれ、街の 4分の1を公園が占めており、その数は約450以上である。

メルボルンは、1956年に南半球で初めてのオリンピックが開催され、スポーツ行事に多くの観客が集る都市として知られる。1972年から毎年1月にテニスの全豪オープン大会が開催され、1996年からはF1オーストラリア・グランプリがサウスメルボルンのアルバートパーク内のサーキットで毎年開催される。「メルボルンカップ」は、1861年以来、毎年11月の第1火曜日の午後14:40にフレミントン競馬場でスタートする世界でも有名な競馬レースの一つである。「メルボルン・カップ」のレース(競馬)の時間帯は、国の機能が一時停止するとも言われるほどの国民的大イベントである。メルボルンは、オーストラリアン・フットボール&#